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福井地方裁判所 昭和56年(わ)94号 判決 1982年5月19日

被告人 高木康博

昭九・一・二六生 就職情報センター経営

主文

被告人を懲役六月に処する。

この裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予する。

訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は

第一  医療用具製造業の許可を受けないで、業として、昭和五四年七月三日ころから同五五年八月九日ころまでの間、多数回にわたり、岐阜市今嶺一丁目三五番地所在の戸崎太一郎方において、羽佐田洋乃ら三名の作業員をして、他の医療用具製造業者などから購入した医療用具である円皮鍼を、そのビニール製皮包又はプラスチツク製容器(円皮鍼一〇〇本又は五〇本若しくは三〇本入り)から取り出させ、これを別途に調達したプラスチツク製容器合計一三万四、七四一個に八本又は三本宛分割して収納させ、もつて医療用具を小分け製造し

第二  別紙販売事実一覧表記載のとおり、昭和五四年九月二九日ころから、同五六年一月二八日ころまでの間、六七回にわたり、岐阜県本巣郡北方町北方一二番地の三所在の合資会社三協新栄社事務所ほか一六か所において、同社ほか一六名に対し、前記第一事実記載の無許可で小分け製造した医療用具である円皮鍼入りのプラスチツク製容器合計二万七、七七二個(一個あたり円皮鍼八本又は三本入り)を代金合計二、四六七万四〇〇円で販売し

たものである。

(証拠の標目)(略)

(法令の適用)

一  判示第一の所為 薬事法の一部を改正する法律(昭和五四年法律五六号)附則六条により同法による改正前の薬事法八四条二号、一二条一項

一  判示第二の所為 包括して右改正後の薬事法八四条一二号、六四条、五五条二項、一二条一項

一  刑種の選択   いずれも所定刑中懲役刑を選択

一  併合罪加重   刑法四五条前段、四七条本文、一〇条(犯情の重い判示第二の罪の刑に法定の加重)

一  刑の執行猶予  同法二五条一項

一  訴訟費用    刑事訴訟法一八一条一項本文

(弁護人の主張に対する判断)

一  弁護人は、被告人が円皮鍼を小分けした本件の所為は、医療用具製造業の許可を受けた業者から仕入れた円皮鍼を、そのビニール製皮包等から取り出して、ピンセツトを用いてプラスチツク製容器に移しかえたというにすぎないのであり、これによつて円皮鍼に化学的変化が生じたり、汚染等の要素が加わる余地がなく、従つて保健衛生上の危害が生ずる余地もないから、このような行為は薬事法第一二条一項によつて規制の対象とされている所謂小分け製造に該当しないものと解すべきであり、そうであるとすれば、右のごとくプラスチツク製容器に移しかえられた円皮鍼を販売した本件の所為も同法六四条、五五条二項に違反しないことになるから、被告人は右のいずれについても無罪である旨主張している。

しかしながら、当裁判所は前判示のとおり、被告人の本件各所為は薬事法の右各法条所定の医療用具の無許可(小分け)製造及び無許可(小分け)製造にかかる医療用具の販売に該当するものであり、処罰の対象となるものと判断するので、以下にその理由を敷衍する。

(一)  まず、薬事法一二条一項は「医薬品、医薬部外品、化粧品又は医療用具の製造業の許可を受けた者でなければ、それぞれ、業として、医薬品、医薬部外品、化粧品又は医療用具の製造(小分けを含む。以下同じ。)をしてはならない。」と規定し、同法が保健衛生上の見地から、他の一般の製品から区別して規制の対象としている医薬品等四種類の製品(同法一条)の製造業を全て厚生大臣の許可(同法一二条二項)にかからしめ、製造の態様についても、小分けを除いたいわば本来的意味の製造と小分けとしての製造との間に、法文上特段の区別を設けていない。ところで、同法は医薬品等の規制をするにあたつて、例えば医薬品等の製造業については前記のとおり全て許可制としているのに対して、販売業については医薬品についてのみ許可制とし、医療用具の相当部分を届出制とするほか、医薬部外品及び化粧品については格別の規制をしていないこと(同法第五章医薬品及び医療用具の販売業)などからも明らかなように、これらの製品に関する保健衛生上の危害の発生を防止する必要性の度合に応じて、その規制方法、程度に差異を設け、各法条においてもこれらの区別を前提とした規定がなされていることが明らかであり、このような同法の立法態度に照らしてみても、同法一二条一項の規定が、特定の医療用具の小分け行為を、特にそれ以外のものから区別したうえ、その規制から除外することを許容しているものと解するのは困難であり、このことは同条違反の行為に対する罰則を定めた同法八四条二号、その他の関連規定を検討してみても同様である。(なお、右の「小分け」が医薬品等の製造に含まれる旨注文に明規されたのは現行の薬事法(昭和三五年法律第一四五号)においてであるが、これを明文化するにあたつて、解釈上、特定の医療用具についての小分け行為を除外する運用が見込まれていたとの事情は、その立法過程についての資料や同法に関する解説書等によつてみても、これを窺うことができない。)

(二)  次に、薬事法一二条は前述のとおり医療用具の製造業を厚生大臣の許可にかからしめており、同法はその許可の基準として、許可申請者が当該医療用具について厚生大臣の製造承認(同法一四条)を受けていること(同法一三条一項)、その製造所の構造設備が厚生省令で定める基準(薬局等構造設備規則(昭和三六年厚生省令第二号)一四条)に適合すること(同法一三条二項一号)及び製造業の申請者に薬事に携わる者としての人格適格性に欠けるところがないこと(同法一三条二項二号)を規定し、更に医療用具の製造業者に対しては、医療用具の製造を実地に管理させるために、製造所ごとに、責任技術者を置くことを義務づける(同法一七条)など、種々の規制を加えているのであるが、その趣旨、目的とするところは、医療用具が国民の生命、健康に密接な関連を有する物であることに鑑み、その製造業者に厳格な規制を加え、医療用具の安全性、有効性を確保して、保健衛生上の危害の発生を防止することにある。

(三)  ところで、同法一二条一項は前述のとおり「製造」に「小分け」を含む旨明規しているのであるが、右の「小分け」とは一般の需要に応ずるために、既製の医薬品等をその容器又は皮包から取り出して、当該医薬品等の品質に変化を加えることなく、他の容器又は皮包に分割収納する行為をいうものと解されている。そして、法が、このような「小分け」行為についても(小分けを除いたいわば本来的意味の)「製造」と同じ規制に服させることとしたのは、「小分け」行為の作業過程が、その作業所の構造設備や作業方法、態様等の適否如何によつては、製品の安全性、有効性について不良な要素を混入させる余地を伴うものであるのが通常であつて、これらに対して保健衛生上の厳格な配慮が必要とされる点においては、(本来的意味の)「製造」の作業過程との類似性が強く認められるため(いわば、本来的意味の「製造」の作業過程における最終段階と同視しうる場合が多いものと思われる。)、両者に対する規制内容に格別の差異を設けるべき必然性に乏しいとの考慮によるものと解される。(医薬品の小分けと製造の関係につき旧薬事法に関する裁判例として、大阪高判昭和二六年二月五日、高裁刑集四巻二号九七頁、東京高判昭和二六年九月一三日、高裁刑事判決特報二四号四八頁参照)

(四)  これを本件の円皮鍼の小分けについてみるに、その作業工程は、他の許可を受けた製造業者から、その製造にかかる円皮鍼をウレタン製マツト一枚につき一〇〇本又は五〇本若しくは三〇本宛刺し込み、これをビニール製皮包等に収納した製品を仕入れ、これをそのビニール製皮包等からウレタン製マツトごと取り出し、ピンセツトを用いて、別途に調達した小型のウレタン製マツトに八本又は三本宛分割して刺し込んで移しかえたうえ、これを別途に調達したプラスチツク製容器に収納するというものであり、これらの一連の工程を作業員が手作業で行つたというのであつて、その形態において同法一二条一項にいう「小分け」に該当するものであることが明らかであるのみならず、その作業過程の実質においても、作業所の構造設備、使用器具、資材、作業員、製品の保管設備等の衛生状態の如何や作業方法の適否如何によつては、既製の円皮鍼に雑菌等による汚染や形状の変化等製品の安全性、有効性についての障害的要素が混入する余地を否定し難いものと認められ、このことは右に述べたような本件円皮鍼の小分けの作業過程が、あたかもその(本来的意味の)製造の作業過程における、最終的な製品の分割収納作業と同視すべきものであることからも容易に理解しうることであり、このように実質的にも円皮鍼の(本来的意味の)製造と同様の規制に服させるべき合理性も肯認されるのであるから、敢えて明文の規定に反してまで、これと別異の扱いをして、その規制から除外すべき理由はないものと解される。

(五)  なお、弁護人は、薬事法三九条は医療用具の販売業を規制するにあたつて、厚生大臣の指定する医療用具(薬事法施行規則(昭和三六年厚生省令第一号)四一条、別表第二)についてのみ届出制とし、それ以外の医療用具(本件の円皮鍼はこれに該当する。)については格別の規制を加えていないのであるが、これは、前者の医療用具が医療の本質上、経年変化、変質、変敗の防止等、販売段階に至るまで品質の確保を要求されるものであるのに対し、後者のそれはその販売にあたつて、何ら保健衛生上の危害発生の問題が生ぜず、これを考慮する必要がないとの理由によるのであつて、この法意に照らしてみれば、被告人が円皮鍼を分割収納した本件所為によつては、何ら保健衛生上の危害を生ずる余地がないことが明らかであると主張している。

しかしながら、同条は医療用具についてその販売過程の規制を目的とするものであることが規定内容自体によつても明らかであるところ、前述のように、薬事法は医療用具の製造過程については許可制を採用しているのに対し、その販売過程については相当部分につき届出を要することにとどめていることからも容易に理解しうるように、両過程の間には保健衛生上の危害発生の余地について格段の差異が認められることや、同条が現行薬事法において新設された経緯、即ち、旧薬事法においては医療用具の販売業については何らの規制もなされていなかつたのを改め、製造過程のみならず販売過程にも薬事法の趣旨に基づく規制を拡大したものであることに徴しても、同条の販売過程についての規制を受けないことをもつて、遡つて製造過程における規制からも除外されるものであるとの法意を読み取ることは当を得ないものと解される。

三  以上説示のとおりであつて、被告人が円皮鍼を分割収納した本件所為は薬事法一二条一項所定の小分けに該当するものであるから、この点において見解を異にしたうえ、本件のいずれの訴因についても被告人は無罪であるとする弁護人の前記主張は採用できない。

よつて、主文のとおり判決する。

(裁判官 中村直文)

別紙(略)

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